言葉 ( 講演録等 )
平成23年全国暴力追放運動中央大会講演
「反社会的勢力排除のための実践的活動」
弁護士 村上 泰 氏
ご紹介いただきました村上です。本日は皆さま、受章おめでとうございます。皆さんのように、長年にわたり暴力団対策や各種の暴力団排除活動に従事されていた方々に、いまさら暴力団排除の問題についてお話しするのはおこがましいとは思いますが、改めて最近の暴力団対策、あるいは暴力団の状況というものを振り返ってみて、暴力団排除の実務的なあり方について、若干、知識を広めていただき、今後も地域または職域において引き続き暴力団排除活動に邁進していただけることを祈念して、本日45分間をいただき、私の話をさせていただきたいと思います。
通常であれば、お手元にレジュメをお配りするのですが、今日はこのような席なので紙のレジュメではなく、パソコンの画面を投影させていただき、お話しさせていただきたいと思います。
はじめに、暴力団対策の状況と暴力団の状況ということで、説明させていただきます。まず、最近における暴力団対策のことについては、皆さんのほうがむしろ詳しく知られているところも多いかと思いますが、最近の暴力団排除の流れの大きなきっかけになったのが、平成19年に政府の犯罪対策閣僚会議幹事会が決定した、「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」になります。
それまで企業と暴力団との関係は、むしろ我々で考えていたのも企業防衛、企業が反社会的勢力から被害を受けないということを中心に考えていた、どうやったらそういうものを拒絶できるかということを中心にやってきたと思います。
例えば、総会屋対策。総会屋から不当要求があったらどうするか。株主総会をどうやって乗り切るのか。そういう形で企業が被害を受けないようにする、被害を守るための方策というものが、それまでの企業の暴力団対策であったと思います。
この平成19年に出された指針がその発想を変えたのは、一切の関係遮断という考えを持ち込んだことになります。それまでの、企業が暴力団から被害を受けないように守っていればいいのだということではなく、むしろ企業の社会的責任として暴力団との関係を断ち切っていく必要があるということです。
具体的には、建築・建設業であれば下請けの中に暴力団関係企業が入ることを防止する。そういうものに金銭を与えない。そういうものとの契約関係を断ち切る。銀行であれば、それまで暴力団が普通預金の口座開設をすることは、そこまでは断ってはいけない。暴力団でも生活権があるのだから、普通預金を開設することを求められたら、その普通預金を開設しなければいけないという考え方が、当たり前であったように思います。
平成19年に出された指針は、そういう暴力団と企業との関係を一切遮断する。一切、取引をしてはいけないということです。仮に企業が利益を得る場合であっても、あるいはその暴力団等の社会生活上の必要があっても、そういうものとも基本的には取引しないのだという考えを打ち出したことが、現在の暴力団排除の流れにつながってきたと思います。
次に、現在の暴力団に大きな影響を与えているものとして、平成20年の暴対法の改正があります。その中身はいくつかあるわけですが、特徴的なものとして挙げられるのが、威力利用資金獲得活動に係る組長責任、対立抗争の賞揚の禁止という問題です。
この組長責任とは、次のようなものです。暴力団の末端の構成員が不法行為、市民や企業にいろいろな財産的損害、生命、身体の損害を与えた場合に、民事上は不法行為責任というものを負うことになるわけです。これまで我々民暴委員会が扱った案件で、この種の末端の暴力団員が起こした不法行為に対し、その組員に対する損害賠償の請求をしたケースがいくつかあります。ただ、その場合でも、その組員本人と基本的にはそのすぐ直属の上の組長、傘下組織の組長に対する損害賠償請求が基本的な方法でした。
このような損害賠償請求訴訟を起こせば、裁判所は判決を出していただけます。何百万円、何千万円を支払えという判決が出るわけです。ただ、判決は単に裁判所の命令あり、暴力団員がその命令に従って損害賠償を現実にしてくれれば被害回復ができるわけですが、彼らはそういう判決が出ても金を払おうとしません。そのためどうするかというと、組長あるいは組員の財産に対する強制執行を考えるわけですが、彼らの名義で持っている財産は見いだすことが非常に難しく、被害回復が困難でした。
そのような中で考えたのが、暴力団のトップに対する損害賠償請求ができないかということです。特に、山口組のような巨大な暴力団であれば、トップの組長に対する損害賠償の判決が出れば、彼らのメンツとしても最終的には払わざるを得ないということになろうと思います。
そういう問題に手をつけたのは、京都で対立抗争の警戒に従事していた警察官が殺害された藤武事件です。これについては、民法715条の規定を使い、その対立抗争で警察官を殺害した組員だけではなく、トップの当時の渡辺芳則5代目山口組組長に対しても損害賠償請求を行ったわけです。この事件については、最高裁まで争われ、最高裁で原告側、つまり被害者側の勝訴が確定しました。
ただ、この民法715条という規定は使用者責任と言われるものですが、トップの組長が末端の構成員まで指揮監督をしている関係があることを立証しなければいけないという命題があります。我々は、暴力団の中で具体的にどのような指揮命令、指揮監督が行われているかということを知ることは極めて容易ではないという中で、この民法715条を使った組長責任の追及は、極めて立証に苦労を要したところです。
このような、最終的に最高裁の判決が出た事件があったわけですが、これを踏まえて、まず暴対法を改正したのは、対立抗争によって末端の構成員が一般の市民に被害を与えた場合には、その責任を指定暴力団の組長、つまり山口組であれば山口組の組長が損害賠償責任を負うという規定が設けられました。
これに引き続き、平成20年に改正が行われたのは、例えば山口組の傘下組織の構成員が暴力団の威力を利用し、他人に損害を与えた場合、それは生命、身体の損害だけではなく財産的損害も含むわけですが、そういう損害を与えた場合には、山口組の組長が損害賠償責任を負うことが暴対法で決められたわけです。
この規定を適用した最初の事件として、5代目山口組の司忍こと篠田建市に対する損害賠償請求訴訟を、私は弁護団長として対応させていただきました。彼ら暴力団はメンツにこだわる習性があるので、トップの組長が被告とされることは、彼らにとっては苦痛なわけです。
事案の内容は、東京の上野にある飲食店が山口組の傘下組織、国粋会の構成員によって強盗被害を受けた事件です。この強盗被害を受けたことによる財産的損害、暴力団に襲われたということの精神的な苦痛に対する慰謝料を損害賠償ということで、実行犯とともに山口組の篠田建市組長に対し損害賠償請求訴訟を起こしました。
この案件については、最終的には裁判所からの勧告もあり、和解により解決しましたが、1000万円近くの金銭賠償を認めさせ、被害者の被害回復に至ったというわけです。
このような訴訟が起きるようになると、山口組は何をするか。末端の構成員に対し、非常に強い指示が出るわけです。暴力団の威力、山口組の威力を使い、資金獲得活動をすれば、それは即座に組長に対する損害賠償請求訴訟が起こされることになるので、末端の構成員に対し、そういうことをやめろという指示が出ているわけです。
先ほど対立抗争の話をしましたが、対立抗争についても、近年、数が非常に少なくなっています。ほとんど発生がなくなっている状況が見られるところです。それも、対立抗争で万一、一般の市民に被害が出れば、それが即座にトップである組長に対する損害賠償請求訴訟が起こされるから、そのために末端に対する非常に強い締め付けが行われ、対立抗争が起きなくなっている状況が見られます。
この威力利用資金獲得活動は、いわば暴力団にとってしのぎです。暴力団がしのぎができないというのは、暴力団の組員にとっては何のために暴力団に属しているかわからないということになるわけです。そういう暴対法の改正がもたらした、暴力団に対する締め付け効果というものが、まさにこの暴対法の改正によってもたらされたということであろうと思います。
暴対法の改正のポイントとしてもう一つ挙げていることは、対立抗争の賞揚の禁止です。暴力団の中で出世ルートというものが二つあると言われています。
一つが、多額の資金獲得をして、それを組長に上納する。その金額が多ければ多いほど、暴力団の中では出世していくわけです。
もう一つが、体を張ることです。多くの暴力団員は、決して金もうけがうまいわけではありません。ただ、粗暴な性格で腕力はあることになると、そういう人間にとって暴力団の中で出世する手段は、まさに対立抗争で相手の暴力団員のところに行き、相手を射殺する、あるいは襲撃に参加するということです。
襲撃に参加すれば、それは当然、犯罪行為ですから、逮捕されて刑務所に行くわけですが、刑務所から出てきた後、組としては、組のために働いたということで、その組員に対し多額の賞揚、金銭を与えたり、組の中での高い地位を与えたりということをするわけです。
これがまさに、末端の暴力団員が進んで対立抗争に参加してきた背景にあるわけですが、平成20年の暴対法改正により、対立抗争に従事したことについて賞揚することが禁止されました。つまり、対立抗争に行って、刑務所に行って、帰ってきても、組の中で金銭を与えたり、高い地位を約束したりという褒める行為をしてはいけないという規制がかかったわけです。これに違反しないように、警察においては中止命令を幹部である組長に発出するという手段も講じているところです。
こうなると、暴力団の中では対立抗争に従事できないことになるので、末端の構成員にとっては非常に困ったことになった。暴力団の中にいても出世する手段もない、金もうけもうまくできない。威力を使ったら怒られるというような状況が出てきたわけです。
もう一つ、最近における暴力団対策として重要なポイントになるのが、暴力団排除条例という問題です。これは、もちろん皆さん、詳しくご案内のことだと思いますが、ポイントとして、私が考えていることは二つあると思っています。
一つが、事業者の利益提供の禁止。これはほとんどの都道府県の暴排条例に入っているところですが、事業者に対し、暴力団等に対して利益を提供することを禁止する規制が行われています。これは事業者をいじめるためではもちろんないわけで、暴力団を社会から排除するために、事業者にも協力を求めるということです。
逆の面で言えば、暴排条例に、この利益提供の禁止という規定が入ったことを口実として、各事業者の方には暴力団との関係を絶っていただく。これまでみかじめ料を払っていた飲食業者にしても、今回暴排条例ができたので、こういう規定があるから今後はみかじめ料は払えない。あるいは、いろいろな付き合い料を含め、暴力団に対する利益提供をしたら条例で違法とされているのだということで、断っていただく口実にしていただくという面があろうと思っています。
実際問題として、私の場合、特に東京で活動をしていて、東京都の条例が先般10月1日に施行になっていますが、この暴排条例ができたことは、都内の事業者に非常に大きな影響を与えていると感じています。今まで、暴力団との関係でトラブルになった時に、何とか和解で解決しようということで、金銭解決をしていた事業者が、それではだめだ。やはり、きちんとした法的な根拠をもって解決しなければいけないということで、暴力団との解決の交渉を依頼してくるケースもありました。
あるいは現実に、今までみかじめ料を払っていたのだけれども、この条例ができたことにより、もし払えば条例に違反することになる。今後はみかじめ料を支払うことを断りたいという飲食店の方が現れてきているということです。
そういう意味で、暴力団排除条例というものは、警視庁の方が常々言っておられますが、暴力団と社会の関係を断ち切る、今まで警察対暴力団だったものを社会対暴力団という構図に変えていくのが、暴排条例の趣旨であろうかと思います。
もう1点、これは若干小さな問題になりますが、暴力団事務所の設置規制が設けられました。暴対法においても、暴力団事務所は対立抗争の時に限り、一時的に使用制限命令がかけられるという仕組みだったわけですが、暴力団排除条例の多くにおいては、学校等の施設から200メートル以内において、暴力団の設置を禁止するという新たな規制が設けられたわけです。
これは、地域にもよると思いますが、各都道府県で見て、学校の周辺200メートルというと、広範な地域が、暴力団事務所が設置できない地域になっているということです。そういう意味で、暴力団事務所の排除ということが今後さらに進んでいくと考えている次第です。
最後に、暴対法改正の予定ですが、先般、警察庁のほうで発表が行われ、現在、暴対法の改正がさらに検討されているということです。改正の内容は、国会に提出される条文が固まるまで具体的な内容は定まるものではないと思いますが、まさに今、社会全体として暴力団を排除しなければいけないという気風、雰囲気が非常に強まっている中で、暴対法を改正して、さらに暴力団に対し強いダメージを与えていくことが、いま求められていると感じている次第です。
いま見たような暴力団排除のための施策が平成19年以降行われてきたことにより、暴力団の世界にどのようなことが起きているかということに、次は触れていきたいと思います。
一言でいうと、ここに書きましたとおり、まさに暴力団にとって生きにくい世の中になってきているだろうと思います。暴力団がどうやって生活をしていくかということを考えれば、彼らも当然、いろいろな資金獲得をしなければいけない。あるいは、暴力団になった理由というものが、多額の資金を得て、非常にいい思いができるから暴力団に加入したという者が少なくありません。
ところが、いま見ていただいたように、暴力団対策、暴力団排除活動が進められていく中で、社会と暴力団との関係が次第に断ち切られていることを如実に感じています。
最近、いろいろなところで暴力団と交渉した際に相手方の状況を聞くと、例えば地域で従来力を持っていた暴力団の傘下組織の組長が、今こういう状況だから金がないということを盛んに嘆いていました。実際問題として、先ほど見ていただいた指針に基づき、これからは証券取引もできない。銀行からお金も借りられない。普通預金も持てない。あるいは、不動産を買うことすらできないという時代になっていくわけです。暴力団であるからこそ社会の中で生活しにくいということが、これまでの暴力団の対策を通じて、社会に広がってきたということであろうと思います。
そういう意味で、暴力団を壊滅に追い込むため、これまで行われてきた暴力団排除の活動をさらに一層強めることにより、暴力団に対し決定的なダメージを与える、今まさに千載一遇のチャンスが来ていると感じているところです。
その暴力団との排除の問題を考える時に、暴力団とは何かということを考えていく必要があろうと思います。暴力団は暴対法に規定がありますが、暴力団の威力をその構成員に利用させることを実質上の目的とする団体。つまり、暴力団は何のために存在しているかといえば、暴力団の構成員が威力を利用して資金を獲得活動ができるようにしている団体だとされています。
ところが、その資金獲得行為についても暴対法の規制あるいは損害賠償責任の問題があり、むしろ暴力団内部において威力の利用行為自体を規制する流れができています。
その威力の源泉の一つが、やはり対立抗争である抗争という問題がありますが、先ほど述べたとおりに対立抗争の鎮圧が行われ、現在、ほとんど発生もしなくなっている状況があります。
さらに、社会からの関係遮断については、指針に基づき、あるいは暴排条例に基づき、事業者、あるいは一般の市民の方との関係がますます断たれていく、社会に寄生する根が断たれている状況が生じてきています。そのことをいちばんよく知っているのは、他ならぬ暴力団員本人だと思います。暴力団にとって、いま住みにくい世の中になったというのは、暴力団員自身の言葉でありますし、そのように社会が変わってきたことをいちばん強く感じているのが、暴力団員自身に他なりません。
そのことを別の面から見れば、そういう中で、暴力団排除活動を進めていくのは、我々にとっても進めやすい環境ができてきているところです。後ほど説明しますが、平成19年の指針以降に、暴排条項を導入した銀行、証券会社の依頼を受け、これまで70件以上、暴力団に対し暴排条項に基づく解除通知を送付しています。それに対し、暴力団がどのように反応するかということですが、暴力団員自身がそういう時代であることを非常によく自覚しています。彼らは、解除されることはやむを得ないことであると、強く自覚して、解除自体を争わないでいるのが実際のところです。
関係遮断の実務ということで申し上げていきますが、暴力団とこれまであった、あるいは新たに生じた関係を遮断する時に、どのようなことに留意して進めるかということです。まず、関係遮断の方法、手法について、私は弁護士という立場でもありますが、確実に法的な手続きを取っていただくことが非常に重要であると考えています。
私はこの15年間、民暴委員をやっていますし、それ以外でも暴力団との交渉や法的手続き等を各種やってきました。それは厳しく利害関係が対立する中で、暴力団と交渉する場面が多々あったわけですが、この15年そういう仕事をずっと続けていて、私自身が身の危険を感じた場面は実は1回もありませんでした。
なぜかというと、私が弁護士であることを伝える前は、例えば電話で話した時に、非常に激高して怒鳴り散らす場面があるわけです。しかし、弁護士である、弁護士としての立場で法的な手段を取っていることがわかると、基本的に彼らはそれに対し抵抗することがなかったわけです。
私自身は法律に守られて交渉を行い、あるいは法的手続きを取り、あるいは相手との話し合いをするということをしてきたわけですが、そういう法的な手続きに対し、彼らはそれ自体には抵抗しないのです。話をすると、おれたちはアウトローだ。裏社会の人間だという話をすることはよくあります。ただ、法律に対し正面から逆らうことはないというのが日本の暴力団の特徴であろうと思います。
関係遮断をする時に、必ずやっていただく必要があるのは、相手との「情」による話をしてもだめです。何とかこれからの関係を断ってくれという交渉の仕方ではだめなわけです。先ほど申し上げました平成19年の指針が求めていることも、あるいは暴排条例が求めているものも、契約の中に暴力団排除条項を設けなさいということです。
事業者と相手方との関係は、取引、つまり契約関係にあるわけです。この契約の中に、暴力団排除条項というものを入れる。つまり、相手が暴力団その他の反社会的勢力であることが判明した場合には、契約を解除することができるという条項を入れるわけです。それにより、相手との関係遮断は契約、すなわち法に基づいて行われる行為になるわけです。
相手との関係を「情」によって切ろうとすれば、相手はそれに応じて、関係を切るなら最後に餞別をくれというような話が出てくるわけです。最後に、二度と来ないから、その分の解決金を出せという話が出てくるわけです。
そういう関係遮断は、できなくはないかもしれませんが、後腐れを残すのは明らかだと思います。このことは皆さんよくご存じだと思いますが、暴力団等の反社会的勢力は、1回おいしい思いをしたら、その思いをもう一度しようとする習性があります。
現在、暴力団の世界は非常に逼迫している中で、最後に解決金ということでお金を払って別れたら、そのまま素直にずっと離れてくれるかと考えれば、そこの会社に行けばお金がもらえるのだということを考えれば、彼らが苦しくなった時にまたやって来ることは必然的だと思います。
きちんと関係を切っていくためには、契約に基づく解除、あるいはその解除がもめるのであれば裁判所の法的手続きまで使い、その関係を断っていくことにより、むしろ円満に暴力団等の反社会的勢力との関係遮断ができるということです。
次に、危険性があるかという問題です。これは、実は非常に難しい問題です。現在、福岡においては、いろいろ拳銃発砲事件等も起きていて、本当に関係を切ったら危険ではないのかと聞かれると、それはやはりケース・バイ・ケースだと言わざるを得ないと考えています。
ただ、一般論として、私自身はこれまで15年間暴力団との交渉を、いろいろな意味で利害の対立する交渉をしたり、暴力団との関係遮断のための契約解除の通知をこれまで約3年間で70件以上出したりしていますが、それに対し暴力団が反発して、何かしてきたことがあるかと言えば、1件もないわけです。解除通知が来て、むしろ暴力団員はほとんど反応すら示さないわけです。
解除通知を出した中には、暴力団以外の反社会的勢力、つまり暴力団を最近までやっていてやめた準構成員であるとか、総会屋、暴力団関係企業というようなものも含まれています。暴力団関係企業や総会屋は、必ず文句を言ってくるのです。私のところに電話をかけてきたこともあれば、事務所まで来ていろいろと、なぜ解除できるのだというようなことを、しつこく聞いてくることがありました。暴力団員については、そのような反応をしたことが一度もなかったのは間違いありません。
ただ、私が出している解除通知は、銀行や証券会社の口座の解約の事例です。これが暴力団にとってどのような影響を与えているかという観点で見ると、まず普通預金を解約した場合は、解約後に口座に残高があれば、その金銭については暴力団に返しているわけです。つまり、暴力団にとって銀行から口座解約をされることは、その口座を使えなくなることは間違いないわけですが、口座にあったお金を没収されるわけではなく、それが丸々自分の手元に戻ってくるわけですから、彼らに対し何ら損失は与えていないわけです。
証券会社の口座解約も同様で、証券会社の口座を解約する、暴力団の口座を解約しても、そこにあった株券は彼らの権利が失われるわけではないわけです。
暴力団との関係遮断で危険性があるかという問題については、その遮断する行為によって相手方にどのような影響を与えるかということは、十分考えていく必要があるだろうと思っています。長年の間、非常に深い関係があり、相手に多額の利益を与えていたのを、いきなり関係を遮断しようとすると、やはりそれは彼らのメンツを傷つけ、強い反発を招く場面がなくはないと考えています。
かつて、平成4年ころに、実は企業の幹部等の襲撃事件が多発していたことをご記憶の方もいらっしゃると思います。バブル経済当時、暴力団と企業の関係は非常に密接に行われていた場面というものがあったことは間違いないと思っています。そういうバブル経済の中で銀行、不動産会社から頼まれて暴力団が動いた。それまで密接だった関係が平成4年に施行された暴対法により、手を返したように付き合いを断るようになった。これに対し暴力団側が非常に憤慨した、彼らのメンツを傷つけたと感じたというケースがあったと認識しています。銀行の支店長や上場企業の専務取締役が襲撃されるという事件があり、現実に殺害されたケースも残念ながら発生したわけです。
ある意味で、バブル経済という特殊な時期の話ではありますが、暴力団との関係が、もしこれまで密接な関係があり、暴力団に利益が与えられている状況があったとしたら、その関係を断ち切る時には、十分に関係の中身を踏まえ、警察とも十分相談の上、断ち切っていくという自衛手段は不可欠であろうと思っています。
これまでの経験からということでは、今までお話をしてきたとおりです。最近の暴力団を見ると、私が直接面談して話しているのは関東近辺、特に東京の暴力団員が多いということもありますが、かつてのような暴力団らしさがなくなってきている。まさに企業化というか、執拗に相手を威圧して自分の要求行為を通そうとすることも減っています。最近の暴力団は、むしろ長年会社員をやっていた人が転身して暴力団になり、会社員として経験してきた知識、経験を生かして暴力団のために資金獲得活動をしているケースもあります。
最近では、例えば共生者という言われ方をする人もいます。暴力団の資金獲得活動に協力するメンバーとして、共生者というのは、それまで持っている、その人間の人脈、知識といったものを生かし、暴力団の資金獲得活動に協力している者を共生者と呼んでいるわけです。
最近の例では、未公開株詐欺というものがあります。暴力団の資金獲得活動という中には、一時期、ヤミ金というものが非常にはやったわけですが、これが貸金業法によって下火になった後、振り込め詐欺や、いわゆる架空請求というような手段が取られるようになったわけです。振り込め詐欺についても警察のほうで取り締まりを強化していく中で、それ以外の方法として証券市場を活用した未公開株詐欺事件というものが、この数年ですが非常に数多く発生しています。
未公開株詐欺事件については、証券取引等監視委員会でも非常に問題視していて、この種の資金が反社会的勢力に流れている状況が見受けられることから、それに対する取り締まりが現在不可欠になっている状況が見られるところです。
若干脱線しましたが、そういう共生者というものを見ると、例えば、銀行や証券会社にいた人間が、経緯はわかりませんけれども、暴力団側に取り込まれ、暴力団のために資金獲得活動をしているという例があります。その具体例を2点挙げます。
元証券会社のアナリストで、現役当時は有名な方だったようですが、その元証券マンがかなり金銭的に逼迫した状況がうかがえたのですけれども、証券会社の紹介によりコンサルタントと称して上場企業に近づき、株券発行に絡んで資金を引き出すような詐欺をしている事例がありました。
また、銀行から金銭をだまし取る際に、銀行に対する窓口をする役割を元銀行員が果たしているケースがありました。具体的には、住吉会の暴力団員が入り込んだ会社、それはもともと実在する会社ですが、そこに金銭をだまし取る手段として、どのような資料を提出すれば銀行が融資するかということは、銀行員であれば極めて詳しく知っているわけで、どのような資料をつくれば銀行が融資するというアドバイスをして、その銀行から数億円の現金をだまし取ったという事件も起きています。
暴力団との関係でいうと、そういう形で今の暴力団は、直接的に企業に絡んでくるよりは、そういう共生者を使っていろいろな取引をしてくるケースがまま見られます。
銀行の場合、こういう反社会的勢力に関する情報は相当持っているわけですが、一般の事業会社や一般の市民にとって、誰が反社会的勢力かということはなかなか知ることが難しい場面が多くあります。
我々として十分注意しなければいけないのは、今までのように暴力団がむき出しで来る、暴力団の肩書を示して近づいてくるよりは、むしろ現在ではまれであるわけですから、そういう中で関係遮断をしようとすると、いろいろな情報を得ていかなければいけないということがあろうかと思います。
そのための手段として、我々がいま何を持っているかといえば、まさに暴追センターにおいて、こういう関係遮断ということの相談に応じる態勢がつくられています。そのたぐいの相談も非常に増えていると聞いています。
今後の暴力団等の関係遮断を進めていく意味では、自らの身を守る意味でも、警察との連携は不可欠です。また、日常的な暴排活動を進める、あるいは具体的な取引の解消、怪しいと思った人間が暴力団関係者その他の反社会的勢力であるかどうかということについて、簡単に相談できる、相談に乗ってくれる機関として、まさに暴追センターがあるわけです。
さらに、最終的に契約の解除通知を出す場面になると、ご自分で出したら、それに対する反論があった時にどうすればいいかと悩む場面も多くあろうかと思います。現実に、法的な関係遮断を進めていくことについては、弁護士の力を利用するのが効果的であろうと考えています。
我々弁護士会においては、各単位会に民事介入暴力対策委員会があり、暴力団等の被害を受けた方について支援する活動を行っています。もし、そういうことで悩まれることがあれば、弁護士会の民暴委員会、弁護士会の中で窓口が必ずありますので、そこにご連絡いただければ、この種の事件に手慣れた弁護士により、問題の解決を図ることができると考えているところです。
以上、いろいろと申し上げましたが、これからの関係遮断という問題については、まさにいま社会の強い要請であるという中で、今後も皆さん自身が今日の表彰をさらに糧として、地域、職域において他の方にも働きかけを行い、確実な関係遮断を進めていくことを期待して、本日の私の講演とさせていただきます。
ご清聴ありがとうございました。(拍手)